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★お散歩日和★ ~ご当地紀行~

2番手校を東大合格でミッション系全国首位に成り上がらせた「中小企業のおやじ」

 横浜港をのぞむ山手の丘に立つ聖光学院中学校高等学校。中高一貫の進学校として知られる私立男子校で、2016年の東京大学合格者数は71人と全国6位、ミッションスクールとしては全国随一を誇る。しかし、1990年ごろまでは毎年の東大合格者数も20人ほどと、同じ神奈川県のミッション校、栄光学園の後塵(こうじん)を拝していた。「2番手校」はいかにして「一流校」に成り上がったのか。自身も聖光OBの工藤誠一校長に聞いた。
▼聖光学院 フランスで1817年に設立されたカトリックのキリスト教教育修士会による学校法人聖マリア学園が経営母体。1958年に中学校、61年に高校を開校。高校での生徒募集を行わない完全中高一貫校で生徒数は1学年225人。卒業生に小田和正(ミュージシャン)、田中伸男(元国際エネルギー機関事務局長)、松本純(衆院議員、国家公安委員長)、小松一郎(故人、元内閣法制局長官、元駐仏大使)、杉本哲哉(マクロミル創業者)、高島宏平(オイシックス社長)、勝沼栄明(衆院議員)、大西卓哉(JAXA宇宙飛行士)など各氏。姉妹校に静岡聖光学院中学校高等学校(静岡市)がある。

■低迷の時代を乗り越えて

 なぜ栄光を追い抜くことができたのか? それは栄光を目標にしていたからでしょう。聖光は栄光からほぼ10年遅れで学校ができました。同じカトリック系ミッションスクールの中高一貫の男子校で、めざすところも同じ。栄光の教育方法にいろいろと学んだそうです。開校から10年もたたぬうちに進学校として、栄光と並び称されるようになりました。
 カナダから来日した修道士(ブラザー)の初代校長の下、当時の生徒たちは厳しいながらも自由な学校生活を謳歌(おうか)していました。3期生の小田和正さんたちのオフコースが生まれた土壌もそうしたところにあったのでしょう。私は11期生ですが、厳しさと包容力を兼ね備えた学校だったと思います。
 ところがその後、初代校長が急逝し、低迷の時期を迎えます。労使の問題が起こるなど、混乱が続いたためです。私が大学を卒業し、教員として学校に戻って来たのはそのころでした。ようやく校内が落ち着いてきた84年、現在は学院長を務めるトマス・トランブレ先生が3代目の校長に就任、改革への取り組みが始まります。
 まず85年に他校に先駆けて2回入試を導入しました。入り口を広くして優秀な生徒を取り込むためです。当然、来るべき少子化問題を見据えたものでした。

■「進学校」の枕詞はいらない

 私が92年に管理職として、学校事務をあずかる事務長に就任した際、まず考えたのは「進学校」という枕詞(まくらことば)で語る教育をやめようということです。「進学校だから」といって、クラブ活動や宗教教育、芸術活動をないがしろにしてはいけないと。それまで本校は、受験に関係することだけをギチギチやっていました。「それだけですませてしまうのをやめよう」というのが改革の出発点でした。
 めざしたのは「開かれた学校」です。生徒たちを学校に縛りつけず、積極的に外に出す教育をめざしました。新たに設けた体験型の学習講座「聖光塾」では、企業など多くの外部の人たちを講師に迎え、生徒たちが自由に選択して参加できるようにしています。2004年に校長に就任してからも、こうした取り組みに注力してきました。学校で活気を生めたと思います。
 6カ年の中高一貫校では、どうしても中3、高1が中だるみとなります。ここで、学校生活への関心をいかに保つかが重要となります。泊まりがけの校外活動などで、非日常的な空間をつくり、生徒の活性化をはかっています。
 加えて、ファンダメンタルな教養を養うことを狙い、多くのプログラム、カリキュラムを用意し、どんどん変えていっています。企業にとっての新商品と同じです。主だった学校の方針は変わらずとも、時代に合ったプログラムを提供していかなければなりません。
 大切にしなければならないのは生徒の成功体験です。持っているものを伸ばせるように、よりステージを多くしたいと考えています。生徒が達成感を得られるチャンスを増やすためです。「学校に来て楽しい」という幸福感を生徒が持つことが最も大事なのです。

■東大合格者数をどうやって伸ばしたのか

 進学校として、難関大学の合格者数を増やすことが競争力の源となります。早稲田大学や慶応義塾大学の合格者数を伸ばすだけなら結構いけます。1人の生徒が複数の学部を受験できるからです。しかし、東大となると数がちょっと落ちます。1つの学部を1回しか受験できないためです。ですから、受験する生徒層の厚さを増していくことが必要となります。
 本校では高2から文系と理系に分かれ、それぞれ選抜クラス1つを含む3クラスの計6クラスとなります。社会科は全員、2科目をとらせています。数学をとっていない生徒はいません。できるだけ多くの生徒が東大を受験できるようにするためです。
 合格者数が50人を超えるには、全クラスから合格者を出す必要があります。幸い取り組みがうまく回り出しており、全クラスから東大合格者を出しています。いまでは毎年の東大受験者数は100人以上、合格率は7割ほどとなりました。
 かつては成績が基準に達せず留年する生徒がいましたが、私が校長になってからは1人もいません。教師のフォローアップはもちろん、勉強が遅れがちな生徒の勉強を卒業生がみる仕組みもあります。落第点の「赤点」はありますが、全国的な水準でみて、卒業にふさわしいかを判断しています。我々が選抜した生徒たちですから、我々の責任です。

■教師の待遇を改善

 かつては本校でも労使の対立などで、学校が混乱したことがありました。私が事務長になり、抽象的な教育論を労使協議で語ることをなくしました。その結果、協調的な関係を築けるようになりました。
 労使で協議するのはあくまでも待遇であり、労使の協議は教育方針について語るべきではないと考えました。「学校はどうあるべきか」は路線闘争にしかならないからです。
 ただ、私はしかるべき待遇はしたいと考えています。教師の力を発揮してもらうため、いい教師を集めるためです。公立に比べると身分の安定がない私学なので、公立より待遇はよくする。他校と比べてひけをとらないものが必要です。
 65歳定年の終身雇用で、給与の引き下げもありません。経済的な安定性がないと、中高生と向き合えないからです。生徒たちは多感な時期なので敏感にそれを感じ取ってしまいます。教師が安定した気持ちで、思春期の子供たちと向き合える環境をつくることが大切なのです。


■学校は中小企業

 学校は教師という知的労働者の集まりです。ただ、組織としては中小企業。大組織ではないので、中小企業ならではのフォローが必要です。学校は「鍋ぶた型構造」の組織です。トップに校長がいて、そのほかの教師たちは基本的に横並びの構造で、ピラミッド型とは異なります。普通の会社のトップなら上意下達で社員が動くのが普通でしょうが、中小企業ではトップが3倍、4倍、動くことが必要となります。私も一人ひとりとの面談など、教師とのコミュニケーションを重視しています。
 私の実家は自動車部品会社です。家と工場が近接していましたから、経営者としての父親の立ち振る舞いをよくみていました。中小企業の息子ですから、経営の感覚が、肌感覚でわかります。学校経営者として、それも役立っていると思います。

■少子化を勝ち抜き、世界の競合と伍すために

 教育環境を整えるために老朽化した校舎を建て替え、2014年に新校舎が完成しました。少子化が進むなか、いかに優秀な生徒を集めて、その資質を伸ばして、世に送り出すかが我々には問われています。生徒たちが競うのは日本国内だけに限りません。欧米にとどまらず、勃興めざましいアジア諸国もライバルです。中間層で比べれば日本の子供たちの方が優秀かもしれませんが、トップ層で比較すると競争の厳しいアジア諸国の方が勝っているように思えます。

そうしたライバルたちに負けずに伍(ご)して戦っていく力を生徒につけさせなければなりません。真の意味でのエリート教育が必要なのです。語学力はもちろん、IT(情報)リテラシーでもそうです。
 東大合格者を多く輩出することは重要です。本校はいわば「東大依存型校」ですから。しかし、「脱東大」では駄目です。東大合格者数を保ちながら、効率よく医学部にも合格させ、米ハーバード大など世界の一流校にも生徒を送り出していきたいと考えています。 日本を代表してほかの国の若者と戦える人をつくるのが使命。ただし、根底にあるのが1度しかない10代を幸福感を持って暮らしてもらいたいという気持ちです。










by hata_28ych | 2016-08-13 10:43 | 中学入試 | Comments(0)

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