ブログトップ

★お散歩日和★ ~ご当地紀行~

<   2011年 07月 ( 22 )   > この月の画像一覧

第93回全国高等学校野球選手権大会 神奈川大会 準決勝


準決勝 【横浜高校 VS 横浜創学館】

第1試合


      1 2 3 4 5 6 7 8 9 R   H E                        
横   浜 0 0 0 0 0 4 1 0 0 5   13 1                        
横浜創学館 0 0 0 0 0 1 1 2 0 4   15 1

d0075741_15221542.jpg

d0075741_15221476.jpg

by hata_28ych | 2011-07-31 15:22 | 高校野球 | Comments(0)

-

d0075741_15142928.jpg

d0075741_15142981.jpg

d0075741_15142926.jpg

d0075741_15142971.jpg

d0075741_15142966.jpg

d0075741_15142955.jpg

d0075741_15142993.jpg

d0075741_15142916.jpg

d0075741_15142934.jpg

d0075741_15142972.jpg

by hata_28ych | 2011-07-31 15:14 | Comments(0)

関内味の時計台

d0075741_274068.jpg

関内にある味の時計台です。

注文は、
・味噌ラーメン
トッピング
・チャーシュー
・バター


★★★★☆

コクがあり、まろやか。おいしい。

麺は、縮れ麺。

たまぁーに、食べたくなるが、毎日は無理かも。

でも、熱すぎるのが難点(泣)
by hata_28ych | 2011-07-30 02:07 | らーめん | Comments(0)

横浜、延長10回サヨナラV“新旧主将”が決めた…神奈川大会

 d0075741_2225334.jpg
◆第93回高校野球選手権神奈川大会 ▽決勝 横浜2x―1桐光学園=延長10回=(29日・横浜) 名門・横浜が桐光学園に延長10回サヨナラ勝ちで、3年ぶり14度目の甲子園出場を決めた。初戦敗退に終わった今春センバツの後、主将を交代するなどチームを一から立て直した。

 苦しみながら横浜が激戦区を制した。“新旧主将”が劇的な甲子園出場を呼んだ。延長10回2死二、三塁。歓声と悲鳴が入り交じる中、快音を残した打球が中前に抜けた。3番・近藤健介は絶叫しながら一塁へ。三塁走者の乙坂智は、笑顔で本塁にヘッドスライディング。サヨナラ勝ちで春夏連続の甲子園だ。泥だらけの乙坂は近藤に駆け寄り、2人を中心にナインの歓喜の輪が広がった。

 試合後、ヒーローインタビューに呼ばれた2人は男泣き。乙坂主将は「周りの重圧もあって苦しんで…。最後は絶対に近藤が決めてくれると思った」と言葉を詰まらせた。近藤も「今大会、当たってなくて皆に迷惑をかけた。何としても、どんな形でも走者をかえそうと思った」と肩を震わせた。

 春以降、二人三脚でチームを引っ張ってきた。3月のセンバツでは、波佐見(長崎)に1―5で初戦敗退。渡辺元智監督(66)は、「夏は新たな気持ちで向かっていこう」と近藤から乙坂への主将の交代を決断した。「口で引っ張る近藤と行動で示す乙坂。主将が2人になった感じ」と4番・斎藤健汰は笑う。新主将は学校周辺の掃除とゴミ拾いを徹底させた。「周りのために自分を犠牲にする気持ちが大事」と乙坂。「チームのために何をすべきか」を考え始め、朝5時からバント練習。ナインの結束は深まった。

 今大会は7試合で計32得点。夏の甲子園は14度目の出場となる横浜にとって、5試合34得点だった63年を下回る最少得点での優勝だった。計26犠打でチャンスを着実にものにし、準々決勝以降はすべて1点差勝利。高校通算38本塁打の近藤は、大会直前に右足首のじん帯を負傷し、準決勝まで打率2割3分5厘で打点なしだった。それでも「与四死球を少なく」と柳裕也、相馬和磨の2年生投手を好リードした。

 センバツ王者・東海大相模を5回戦で倒した。「神奈川のレベルの高さを全国に示したい」と春夏計5度の甲子園優勝を誇る名将は言う。「1戦必勝で暴れたい」と乙坂主将。堅実な「全員野球」で夏の聖地を盛り上げる。

 ◆横浜(横浜市)1942年創立の私立男子校。生徒数1193人。野球部は46年に創部。部員は93人。春は13度甲子園出場(優勝3度)。主なOBに松坂大輔(Rソックス)、多村仁志(ソフトバンク)、成瀬善久(ロッテ)、涌井秀章(西武)ら。
by hata_28ych | 2011-07-29 21:58 | 高校野球 | Comments(0)

<熱球譜>仲間信じて投げた 横浜創学館・住吉志允選手(3年)

d0075741_20524250.jpg

【第93回全国高校野球選手権大会・神奈川】
 自己流の右横手投げから繰り出される140キロ近い直球と、抜群のキレを持つスライダーは、準々決勝まで相手打線を翻弄(ほんろう)し続けた。

 一年夏でベンチ入りし、二年秋でエースナンバーを背負い、監督の期待を背負ってきた。「あの時は、重圧に耐えきれなかった」。野球は好きだが、プレッシャーで練習に出る気が起きない。そんなジレンマの中で試合に出ると、精彩を欠いた。

 春の県大会ではエースナンバーを失った。一度、挫折したことで、「気軽になった。野球は自分一人でやってるんじゃないと気付いた」。以来、仲間を信頼できるようになった。

 この日も常に笑顔で、リードされても逆転できると信じた。しかし一度だけ、白い歯を見せなくなった。九回裏、2死一塁。前の打者が出塁すれば、自分に打席が回ってくる。「もう少し、好きな野球をやらせてください」と手のひらを合わせて祈った。しかし、再びマウンドに立つことはなかった。

 対戦した横浜は「絶対に倒したい相手だった」とうつむいたが、「良い仲間に巡り合えた」と笑顔に変わった。
by hata_28ych | 2011-07-29 20:53 | 高校野球 | Comments(0)

小田さん作った愛唱歌響き渡る 横浜創学館 神奈川大会

 ♪我が母校の 誇りを忘れない――
d0075741_184214.jpg
毎年、この愛唱歌を聴くために野球場に通ってます☆
創学館が勝利すると1試合で3回聴くことができます。しかも、得点の際にはさらに1回!!




(28日、横浜5―4横浜創学館)
 横浜創学館の応援席からは、歌手の小田和正さん作詞・作曲の愛唱歌(校歌)「遥(はる)かな想(おも)い」が吹奏楽部の演奏に合わせて響いた。

 小田さんの実家が学校と同じ金沢区にある縁で、小田さんが曲づくりを手がけた。野球部員で、応援リーダーを務める木部航樹君(3年)は「選手にも誇りを持って戦ってほしいとの思いを込めて歌った」。
by hata_28ych | 2011-07-29 18:04 | 小田和正 | Comments(0)

全試合に登板 真のエースに 横浜創学館3年・住吉志允投手

d0075741_20592837.jpg

横浜に1点をリードされた九回、2死一塁。ネクストバッターズサークルで祈った。「もっと投げさせてくれ」。だが、打球は遊撃手のグラブに吸い込まれた。「もう終わりとは信じられなかった」。

 今大会では、エースとして全試合に登板。5回戦で延長十五回に及ぶ投手戦の翌日、再試合で横浜桜陽に完封勝利した。2試合で計294球を1人で投げ抜いたときも、この日の準決勝も疲れはなかったが、「あと一歩、力が及ばなかった」と悔しがった。

 昨秋の県大会では、2-9と横浜に大敗。「おれにはエースは務まらない」と思った。練習に対する姿勢にも弱い心が現れていた。2年生の冬頃まで、何度も練習をさぼり、やめようと思っていたという。

 ぼろぼろの状態から、自分に合った横手投げに転向。「自分を支えてくれた人の期待に応えたい」。そう思うようになると、いつの間にか心構えが変化していた。「昨秋の状態ではここまで投げられなかっただろう」と森田誠一監督も精神的な成長を評価した。

 「後輩には自分の残した思いを継いで頑張ってほしい」と話したエースは、応援団に大歓声で迎えられると、初めてはにかんだ笑顔を見せていた。
by hata_28ych | 2011-07-28 20:58 | 高校野球 | Comments(0)

教え子と性的関係、懲戒免職…山形の県立高教諭

教え子と性的関係を持ち、教員の信用を失墜させたとして、山形県教委は25日、村山地方の県立高校の男性教諭(42)を懲戒免職とする処分を発表した。

 被害者の特定を避けるとして、教諭の氏名などは公表しなかった。


 発表によると、男性教諭は2008年9月、別の村山地方の県立高校に勤務していた時、部活動のために県外出張した際に、宿泊施設で、引率していた当時3年生の女子生徒(当時17歳)と性的な関係を持った。その後も、女子生徒が卒業するまでの間、複数回、性的関係を持ったという。


 2人の関係は卒業後も続いたが、次第に関係が不安定になり、今年2月、教諭の勤務校に被害者から電話がかかってくるなどしたため、教諭が校長に説明し、発覚した。教諭は既婚者という。

(2011年7月26日 読売新聞)
by hata_28ych | 2011-07-26 23:13 | 教育news | Comments(0)

“野球が織りなす不思議な縁”元中日・三浦将明さん

d0075741_21121499.jpg横浜商時代の1983年、春夏連続の甲子園準優勝で悲運のエースと呼ばれた。やまびこ打線の池田、KKコンビのPL学園に優勝を阻まれ、唇をかむ姿は野球ファンの心をとらえた。中日引退後の現在は、愛知県小牧市のスポーツ用品店に勤務し、ベースボールアドバイザーを務めている。 (聞き手・米沢秀明)



 【ベースボールアドバイザー】



 この7月で3年目になります。普段は野球用品売り場で、販売や用具の修理をしています。毎月無料野球教室を開いて、野球を指導しながら用具のアドバイスをするのも大事な仕事ですね。



 野球教室では、大事なポイントのヒントだけを教えて帰ってきます。「あとはお店に来てくれれば教えるよ」などと言ってね(笑)。自分で考えることも大事ですから。



 子供たちに「バットを選んでもらったら打てた」と言ってもらうとうれしいですよ。でも僕は投手出身ですから、野球教室で打撃を教えるのにも、バットを販売するのにも勉強し直す必要があります。実は、ひそかに野球入門の打撃編を読みあさったりしています。



 【佐川急便へ】



 プロの壁は高く、僕の直球の切れでは限界がありました。中日を解雇された直後は将来について楽観している部分がありましたが、やはり、一般社会のことは何もわからない。中日の先輩の倉田邦房さんに相談したところ、「おまえ、ウチへ来い」と。当時、倉田さんなど4人の元プロの先輩が佐川急便の中京支社に勤務していたのです。



 年が明けて面接を受け、その2日後には総務課で保険労務の担当をすることになりました。ありがたいことに、そこにも野球経験のある先輩がいて、半年で仕事を覚えることができました。



 当時、佐川急便は会社を挙げて軟式野球に取り組んでおり、全国各支社がしのぎを削っていました。当時の湊川誠生支社長(現・湊エキスプレス社長)が野球に理解があり、「選手を集めてでも勝ってくれ」という話に。僕も軟式野球部に入って、徐々に軟式野球が仕事になっていきました。



 【夜勤に苦しむ】



 一生、佐川急便に勤務することになるかな、と思った勤務9年10カ月が経ったころ、湊川社長が独立し、湊エキスプレスを立ち上げました。自分も含めて43人の社員が一斉に同社を辞めて移籍することになり、湊エキスプレスには9年勤務しました。



 ここでも5年間は総務係長でしたが、途中から倉庫の管理の仕事に変わりました。夜勤になじめず体重は85キロから70キロに激減。現場は粉塵で顔面、鼻の穴まで真っ黒に。その後、岐阜支店に配属となって配達のアシスタントとして初めて車に乗りましたが、10カ月で腰を痛めて荷物の積み下ろしができなくなってしまったのです。



 もう、運送会社に勤務するのは無理でした。引退後から、ずっとお世話になった湊川社長に退社を申し出ました。「次のところでがんばれ」と言われ、号泣したのを覚えています。



 【借金返済】



 佐川急便時代の待遇はサラリーマンとしては恵まれたものでした。ところが、3年ほどすると夫婦仲がうまくいかなくなり、最初の結婚は破綻しました。離婚の際にまとまった額の借金を背負うことになり、月給の4分の3を8年近く払い続ける生活となったのです。



 木戸とすりガラスの古い小さなアパートへ引っ越しました。家賃は3万7000円で風呂は会社のシャワー。隣の酔っ払いが夜中に間違えて入ってくるような部屋でした。金融機関のローンカードは14枚もあり、遊びにいくこともできないので、テレビを見ながらこのカードでトランプをするのが日課。



 山本昌が遊びに来たとき、アパートを見つけることができず、「駐車場にでも住んでるのか」と言われたほどです。会社へ通う自転車を買うことができたのは1カ月後です。



 だから、再婚するなんて思いもよりませんでした。妻は高校野球時代から僕を岐阜から応援をしてくれていたファンの1人。僕が運送会社で働いていることを知り手紙をくれたのです。借金まみれになった僕なのに、会うと彼女は緊張している様子でした。



 ありがたい話です。再婚して9年。今は子供も2人できて別人になってしまいましたが。



 【ファンレター】



 高3のときは、毎日段ボール箱でファンレターをもらいました。整理をしてくれたのは父。父はがんで僕が20歳のときに他界しましたが、闘病中も川崎の実家の団地で、ファンレター整理が日課でした。枚数は7万枚だったそうです。返事はほとんど父が代筆したものです。甲子園にも借金して応援に来てくれていました。感謝しています。



 今でも甲子園で清原に本塁打されたシーンは夢に見ます。今年もまたそういう季節になりましたね。準優勝ばかりでしたが、悲運の呼び名は要らないですよ。まあ、人生、何とかなるものですからね。



 ■みうら・まさあき 1965年9月17日生まれ。神奈川県川崎市出身。横浜商2年時の82年春、甲子園で早実・荒木大輔を下して準決勝進出。83年も春夏連続出場したが、池田・水野、PL学園のKKコンビに敗れいずれも準優勝に終わった。同年ドラフト3位で中日入団。86年中継ぎでデビューし、90年現役引退。現在はスポーツ用品店「スポーツデポ小牧店」(愛知県小牧市堀の内5の146)にベースボールアドバイザーとして勤務している。


d0075741_21133044.jpg

by hata_28ych | 2011-07-26 21:14 | 高校野球 | Comments(0)

横浜創学館・住吉24回投げた/神奈川大会

<高校野球神奈川大会:横浜創学館3-0横浜桜陽>◇24日◇5回戦
d0075741_1826926.jpg
 横浜創学館の鉄腕が計24回を投げきった。横浜桜陽との再試合で、前日15回を1失点で完投した住吉志允(ゆきのぶ)投手(3年)が再び先発。右横手からの変化球を駆使し、9回を完封し勝利した。2試合で計294球を投げたが「疲れはない。次も1人で投げきるつもりです」とやる気満々。背筋300キロの強靱(きょうじん)な肉体で、今日の向上戦で2年ぶりの4強入りに挑戦する。
by hata_28ych | 2011-07-25 18:24 | 高校野球 | Comments(0)

∵*:.゜..゜.:*∵日々の出来事を綴るブログ。。。山手の丘から愛を込めて(*uωu*)∵*:.゜..゜.:*∵